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Feature

「紙とペン」こそ
サスティナブルなクリエイティブツール

2年ほど前にPLOTTERの限定「五線譜リフィルメモパッド」を監修していただいたジャズピアニストの杉山さんのレッスンルームを訪ねると、手書きのスコアがそこかしこに沢山ファイリングされていたのが印象的だった。しかも、編集が手っ取り早いルーズリーフ形式で。もちろん、PLOTTERのレザーバインダーも。

ピアノの譜面台にはなにやら、作曲中のフレーズのアイデアが思いつくがままにリフィルの紙片に綴られており、それを眺めている私にも直感的に、ハートに伝わってきた記憶が蘇る。

「手書きが頭にとって良い」と言われて久しいが、そもそも紙が生まれた西暦200年頃には、恐らく記録する道具と手段は紙と筆記具しかなかったわけで、その元祖テクノロジーの効力についてまでは考えもつなかったであろう。だが、今も残る絵画や文学など、今ほどデジタルツールが発達していなかった時代の成果物の数々を顧みると、著名かどうかの如何に関わらず、どれもそこから溢れ出る熱量や伝えたいことの強弱など、余白からも読み取れる繊細なフィーリングさえ伝わってくるようだ。

ピアニストにとってももれなくそうであろう。音符の世界にforteフォルテやpianoピアノといった強弱を表す記号が存在するように、印刷物となった量産された譜面よりも、時にはグシャグシャと修正された手書きの譜面からは、作曲家の意思というか、それらアクセントの波長が記号以上に伝わってくるものだ。ダイナミックに表現したい部分は必然的に筆圧が強くなり筆跡は明らかに濃く、逆にかすかな音色さえ抑えたい優しいフレーズはやや弱々しくも淡い線で綴られるであろう。

手書きは昨今の加速するデジタル社会からは逆行しており、スロー(ある意味人間的なアナログ時間)な営為ではあるけれども、音楽も然りこうやって紙に記された作品の数々を見るに、デジタルを凌駕するメリットが依然として存在することに確信を覚える。それは、余計なものに邪魔をされない集中力であったり、手を動かすことで時として芽生える閃きといった生産性であったり、なによりも電気もなにもなかった太古の昔から変わらず自分と道具さえあれば記し、伝えることができる継続性であったり。

強みがあったらこそ、今も残る「紙とペン」という関係性。当たり前すぎて、いまいちそのありがたみに気づかない日々を過ごしがちだが、今一度その存在価値に目を向け、まずはお気に入りを探し、使う旅に出てみてはどうだろうか。