現代の生き方のヒント
「PLOTTER MAGAZINE」
[Interview No.018]
さまざまな世界において活躍する「PLOTTER」の行動力は創造性に溢れています。
「PLOTTER MAGAZINE」は、彼らの考え方や価値観を通して、過去から今までの歩みをたどり将来をポジティブな方向に導く変革者たちを応援します。
私たちが創るツールと同じように、ここに紹介する「PLOTTER」の物語が、みなさんにとってのクリエイティビティのヒントになれば幸いです。
18人目となるInterview No.018のPLOTTERは、心石工芸代表の心石拓男さんです。
年月をかけて育む、風合いと愛着。
過ごした時間の長さだけ、思い出が刻まれていく。
ソファとは、人生をともに歩むもの。
広島県福山市に拠点を構える、心石工芸の創業は1969年。初代代表、心石務睦さんが応接セット製造を行う個人企業として設立したことにはじまる。時は流れ2004年、務睦さんの息子である心石拓男さんが2代目代表に就任。数々の事業改革を進め、心石工芸は革張りのソファを得意とするソファ専門メーカーへと発展を遂げた。
オリジナルブランド「KOKOROISHI」のソファは、デザイン性と耐久性に優れ、座り心地は抜群。品質の高さは「ソファの本場」といわれるヨーロッパ有数の家具ブランドと比べても、勝るとも劣らない。常に時代の先を見据える心石さんに話を聞こうと、東京・神宮前にある「KOKOROISHI 神宮前SHOP」を訪ねた。
――このソファは身体がとろけるほどフワフワですね。このような座り心地のソファははじめてです。
それは「TSUMUGI」という名のソファです。ダウンフェザーをふんだんに使っているので、絶妙なバランスで身体を包み込んでくれる。KOKOROISHI でもっともフワフワした座り心地のソファです。逆に堅牢なつくりで硬い仕上がりなのが「HIBIKI」。日本を代表するタンナーのひとつ、栃木レザーのヌメ革を使用し、何十年も張り替え不要でご愛用いただける耐久性を実現しました。2.2mm の分厚い革は年月とともに風合いが変化し、しなやかさも加わっていきます。
――店内にはさまざまなソファが展示されていますが、座り心地はすべて違う。インテリアのテイストに左右されず、飽きのこないデザインも魅力的です。
素敵に経年変化を重ねていくソファをつくりたいと思い、KOKOROISHI を立ち上げたので、メンテナンスや張り替えをしながら末長くお使いいただくために、流行を追わないスタンダードなデザインを心がけています。それゆえ張り地には年月を経て表情の変わる革や布を使用。傷や水シミも変化として楽しんでいただけるよう、木材は基本的にオイルだけで仕上げています。また、構造がしっかりしていなければ話になりませんから、木枠やバネ、ウレタンなどは素材を厳選し、腕利きの職人たちが製造を行なっています。
――数十年に渡り愛されるソファには、品質の良さを裏付ける理由があるのですね。
10年以上前、定年退職をされたというタイミングで、「人生の最後に買うソファだから、一番いいソファが欲しい」と、二人がけのソファをご購入されたお客さまがいました。当時の価格で約80万円。それでも「このソファならこのくらいの値段はする」と納得してくださって。数年後、メンテナンスにお伺いしたところ、まだすごく綺麗で「自分が死んだらこのソファは息子にやるんだ」と仰ってくださりました。世代を超えてお使いいただけるんだと、とても嬉しかったですね。革には手垢も残りますし、「ここにいつもお父さんが座っていたな」という気配も感じられる。「思い出の品だから」と、張り替えや修理の依頼も多いですよ。
――誠実なものづくりをされていることがお話からも伝わってくるのですが、やはり心石工芸の2代目としての自覚は幼少期からもたれていたのでしょうか?
いえ、むしろ「絶対に継ぐものか」と思っていました(笑)。革を切ったり、トラックにソファを積み込んだり、稼業なので小さい頃から手伝わされるんですね。それがイヤでイヤで。将来は仕事で海外に行ける職業に就きたいと考えていました。大学進学を控えたタイミングで建築に興味をもったのですが、付属高校から進学した同志社大学には建築学部がない。それで経済学部に進み、就職先としてさまざまな空間づくりを行う乃村工藝社に入りました。
僕が配属されたのは東京本社の看板をつくる部署。看板屋って、けっこう儲かるんですよ(笑)。だから「3年くらい働かせてもらったら看板屋として独立して、ポルシェを買おう」と人生プランを立てていたものの、姉から「心石工芸が沈没寸前まで傾いているから、帰ってきなさい」と連絡があって。それで仕方なく広島に帰ることにしました。自分の意思ではないので、やる気がでるわけもありません。戻ったばかりの頃は、ひどい息子だったと思います。
――どのタイミングで「会社を立て直そう」というスイッチが入ったのですか?
1~2 年経った頃ですね。地元のインテリアコーディネーター協会の方々が声をかけてくれ、勉強会に参加するうちに会社経営に興味をもちはじめたんです。そこから仕事に身を入れるようになりました。
主に取り組んだ試みはふたつ。ひとつはヨーロッパの展示会に並ぶようなモダンなデザインのソファをつくりはじめたことです。乃村工藝社時代の先輩が「心石工芸のソファを買ってあげるから、カタログを送って」と言ってくれたのですが、「ごめん。欲しいのがひとつもなかった」と言われたんですね。ショックではありましたが、冷静にカタログを見てみると、確かに自分でも欲しくなるソファがありません。当時はアジア製の安いソファがどんどん輸入され、うちでつくるソファは全く売れない。どうせ売れないのなら自分が欲しいと思えるソファをつくろうと決意し、ヌメ革のソファを製作しました。
もうひとつは、見込み生産をやめて受注生産に切り替えたこと。大学の授業で「市場が成熟すると嗜好が細分化され、大量生産品が売れなくなる」と学んだ内容を思い出し、「ソファ業界のテーラーを目指そう」と考えました。受注生産ならばお客さまのご希望に応じ、サイズ、色、座り心地の変更やデザインの微調整まで柔軟に対応できます。お客さまの声に耳を傾けることは、長く愛していただける高品質のソファづくりにつながりますから。
チャレンジとしてつくったヌメ革のソファは、東京のインテリアショップのバイヤーさんの目に止まり、OEMメーカーとして仕事をまわしていただけるようになりました。そこからですね、会社の経営が軌道に乗りはじめたのは。インテリアショップは僕らよりも早いスピードでお客さまのニーズをキャッチします。同時に求められるクオリティも高くなっていくので、必然的に僕らも技術を向上させなければなりません。KOKOROISHI のソファの座り心地に豊富なバリエーションがあるのは、OEMで培ったノウハウの蓄積だといえます。
――事業の再構築へ向けた着眼点と行動が、ソファづくりへのこだわりに結びついているのですね。
こだわりといえば、「調整できること」と「さまざまな姿勢で座れること」も意識しています。身長や体格によって適正な座面の高さや奥行きがあるにはあるのですが、家族みんなでソファを共有する場合だとサイズで悩みますよね。そこで背もたれの前にクッションを置くことで、それぞれの体型に合う座り心地を叶えるソファを目指しました。またゆったり腰掛けたり、寝っ転がったり、足を上げたり、いろいろな体勢で座れるよう、奥行きが深く、背が低いソファであることも特徴です。
――確かにどのソファに腰を下ろしても、とても座り心地がよいです。それと一般的なソファより、なんだか身体が疲れにくい気がするのですが。
はい、KOKOROISHI のソファや椅子は、長時間同じ姿勢で座っていても疲れないつくりにしています。通常はどうしても身体が疲れてくるので、無意識のうちに座る体勢を変えるじゃないですか。そういったことがないよう、ソファの座面の高さは36~38cm、椅子は39cmを基本としています。もちろんオーダーの際、お客さまのお好みにあわせてサイズ調整も可能です。
――人間工学の視点も意識されているのですね。ちなみに革製のソファが多いことにも理由があるのでしょうか?
僕が革を好き、というのが一番ですね(笑)。それに革の経年変化は劣化ではなく、愛着が増す変化をしていきます。使い手の歴史が刻み込まれていくというか。革は人間との相性がとてもいいんですよ。人の脂を吸ってくれ、柔軟で丈 夫。いい革でソファをつくりたいという思いが強いので、上質な革を豊富に取り揃えています。
――初代社長であるお父さまから受け継いだ経営哲学はありますか?
もっとも心に残っているのは「事業と屏風は広げすぎると倒れる」。そして「信頼を大切に」ですね。お客さまや取引先さまから信頼をいただくことはもちろん大事ですが、スタッフにも信頼をしてもらえ、やりがいを感じながら働いてもらえる経営の在り方を重んじています。
僕自身の座右の銘は「意思のあるところには道がある」。「ここに行きたい」という明確な目標を設定しなければ、行きたい地点には辿り着けません。見込み生産だった心石工芸も、「テーラーにしていこう」と決めたから今がある。この考えは、商売において非常に重要だなと思っています。
――心石工芸ではOEMの製作に加え、オリジナルブランド KOKOROISHI を展開されているとのこと。心石さんのお名前をそのままブランド名にされたのですね。
正直、悩みました。自分の名前を付けるのは、実はすごくリスクがあるんです。万が一、同じ苗字の方がネガティブな報道をされてしまえば、うちのソファも影響を受ける。逆に製品に欠陥などが生じた場合、同じ苗字の方にも悪影響が及んでしまいます。要は名前を汚す恐れがあるんですね。名前をブランド名にするのなら、製品も自分自身も、信頼に応えていかなければなりません。その責任をすべて背負う覚悟で、日々の仕事に取り組んでいます。
――最後に、「PLOTTER」とはどのような人間像だとお考えでしょう?
古いものを大切にしながら、時代に合った新しいものを生み出せる人、ですかね。「温故知新」を体現しているような人だと思います。
温故知新の精神は製造業にとっても大事なこと。うちの仕事に置き換えると、ソファ屋だからといってソファだけを製造するという意識では、いずれ廃業に追い込まれてしまいます。ソファ屋が提供するのはソファだけではありません。ソファ屋は「心地よい時間」や「家族の思い出をつくる場所」までを提供しているんだと定義し、これからも新しいものをクリエイションしていきたいと考えています。
【心石 拓男・ KOKOROISHIKOUGEI CEO】
使うほどに風合いが変化し味わい深くなる、ヌメ革やオイルレザーなどを使ったソファを製造している。 父親が創業したソファメーカーの二代目として、時代を越えて愛されるような、より良いソファを日々追求している。